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和歌山地方裁判所田辺支部 昭和35年(ヨ)47号 判決

申請人 明光バス株式会社

被申請人 平井勝太郎 外三名

主文

申請人に於て保証として被申請人平井勝太郎に対し、金五〇万円、その余の被申請人等に対し各金一〇万円、またはこれに相当する有価証券を供託することを条件として、

(1)  被申請人平井勝太郎は別紙目録記載の建物(以下本件建物という)のうちコンクリート基礎を残し、その余の部分を収去し、その敷地を申請人に対し明渡さなければならない。

(2)  但し当庁昭和三四年(ヨ)第五〇号建築工事妨害禁止仮処分申請事件につき当裁判所が同年一一月二日なした仮処分決定に基く仮処分が終了するまで、申請人は、右明渡しを受けた右敷地を申請人の委任する執行吏に引渡し、同執行吏はこれを保管しなければならない。

(3)  被申請人吉次彦士は右建物収去の際同建物のうち、西端の一戸より退去しなければならない。

(4)  被申請人平井雄二は右建物収去の際建物のうち西より二軒目の一戸より退去しなければならない。

(5)  被申請人佐久川みさは右建物収去の際同建物のうち東端一戸より退去しなければならない。

(6)  本判決言渡後一四日以内に被申請人吉次、同平井雄二、同佐久川等が右建物より退去せず又被申請人平井勝太郎が右建物を収去しないときは、申請人の委任する執行吏は被申請人等の前記各義務に対応する負担に於て、被申請人等を前記建物より退去せしめ右建物を収去することができる。

(7)  申請費用は被申請人等の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、申請代理人は、主文(1) (3) (4) (5) (6) (7) 同旨の判決を求めた。

二、被申請代理人は、「申請人の本件申請を却下する」との判決を求めた。

第二、申請人の申請理由等

一、本件土地の占有関係

田辺市堅田町一三八五番地の二宅地二八坪及び同市同町一三八七番地の一、田五畝二五歩、内六歩畦畔の各土地はもと訴外尾崎喜蔵の所有で、右地目田の土地は昭和八年頃より、宅地となし現況は農地でないものであるところ、申請人は昭和三〇年三月九日、右各土地を同人より代金二四三万円で買受け、同年五月六日右土地の引渡しを受けて整地し、申請人会社の営業用バスの国鉄白浜口駅前駐車場として使用を開始し、同年五月二五日右代金を完済した。而して右土地に地目田が含まれていた関係上、右所有権移転登記手続が遅れていたところ、右尾崎喜蔵は同年六月二三日死亡し、その相続人尾崎茂が同人を相続したが、同人は右登記手続未済なるに乗じ、前記申請人が買受けた土地のうち前同所一三八五番地の二、宅地二三坪七勺、及び前同所一三八七番地の一、田一畝歩(以下本件各土地という)を残し、その余の部分を分筆した上昭和三三年五月二八日これを和歌山県に譲渡し、同日登記手続を済ませた。よつて申請人は爾後右本件各土地を前記バス駐車場として使用し占有を継続していたものである。

二、本件土地の占有侵奪

被申請人平井勝太郎は、昭和三四年一〇月下旬頃、右本件土地上に、建物建設のためのコンクリート基礎工事をなし、申請人がこれに対し抗議するや和歌山地方判裁所田辺支部へ仮処分命令の申請をし、同年一一月二日「本件土地に対する被申請人(本件申請人)の占有を解き、執行吏保管に移す。申請人(本件被申請人)の申出によつて本件土地を使用せしめることができる。被申請人は申請人の建築工事を妨害してはならぬ。」旨の仮処分決定を得、同日これを執行した。そこで申請人は直ちに右裁判所に対し、仮処分取消並びに異議の申立をすると共に右異議申立に伴い右仮処分執行の一時的取消の申立をし、同年一一月九日、「前記仮処分第二項、第三項につき右異議事件等の判決あるまでこれを取消す。」旨の決定を得て翌一〇日これを執行した。その後右異議事件等の審理の結果、昭和三五年四月一日、申請人の主張が認められ、「前記仮処分決定はこれを取消す。本件仮処分申請はこれを却下する。第一項に限り仮に執行することができる。」旨の判決が言渡されたが、被申請人は右判決に対し直ちに大阪高等裁判所に控訴し、これに伴い強制執行の一時的停止の申立をなし、昭和三五年四月二七日、同裁判所より「前記判決に基ずく強制執行は本案判決を為すに至るまで之を停止する。」旨の決定を得た。以上のように本件土地は昭和三四年一一月一〇日以降は和歌山地方裁判所執行吏の保管にかゝるものであるが、被申請人は、同年一一月二三日、本件土地上に構築してあつた前記コンクリート基礎の上に建築を開始し、これは執行吏の中止勧告によつて直ちに中止されたが、前記判決後昭和三五年四月九日、被申請人は又もや急拠建築を開始し、短時間を以て殆んど家屋を完成させ、之を四戸建となし、申請趣旨記載の如く被申請人吉次、平井、佐久川等の表札を掲げこれを占有するに至つた。右被申請人等の行為は、申請人並びに執行吏の占有を侵害するものである。即ち申請人は、一記載の如く本件土地について占有権を有していたものであり、その後右土地が仮処分決定により執行吏保管となつても申請人は執行吏を介してなお間接占有を失わないものであつて、かゝる状態にある本件土地上に申請人並びに執行吏に無断で建物を建築入居することは明らかに占有の侵害である。そして右土地について保管の責任ある執行吏に於て原状回復をしないので申請人に於て右執行吏に代り占有回収請求権を行使する。

三、被申請人の抗弁に対する答弁

(一)  昭和三五年四月一日の仮処分異議事件の判決言渡しによつてもさきの仮処分決定の効力は復活することはない。即ち、さきの仮処分決定に対する一時的取消決定によつて、同決定第二、三項が取消されたが、第一項である本件土地を執行吏の保管とする部分のみは依然として残つているところ、異議事件の判決によつて申請人の勝訴となり、前記仮処分決定はこれを取消す旨宣言され仮執行宣言が付されたのであるから、さきの一時的取消決定は改めて右判決に於て認可されたものというべく、従つて右判決の仮執行宣言は唯単に本件土地に対し依然として残つていた執行吏保管を解いて本件土地の占有を申請人に移すための執行を許したに過ぎない。換言すれば、前記仮処分第二、三項は、前記一時的取消決定によつて取消され、更に判決によつて取消されたのであるが、右の如き不作為命令の取消は取消決定とともに取消が完了しているものであるから、判決をもつて更にこれを取消したのは、さきの取消決定を確認したことにほかならない。取消が完了しているものについて更に取消の執行を許したものではない。従つて被申請人が右判決に対し控訴し、右判決の執行を停止する決定を得たところでさきの仮処分が全面的に復活するものではなく、単に右執行吏保管を解くことの執行を停止したに過ぎないものである。

(二)  被申請人は、本案である占有回収の訴の提起期間を経過していると主張するが、昭和三四年一〇月下旬本件土地の占有侵奪開始後、本件土地は仮処分執行によつて執行吏保管となつていたところ、昭和三五年四月一〇日頃、右執行吏の占有保管のまま再度占有を侵奪されたものである。従つて右後の侵奪の時よりまだ一年を経過していない。

四、保全の必要性

前記の如く被申請人等は前記仮処分決定を無視して建物を殆んど完成させこれに入居している現状であつて執行吏に於て原状回復のための自力救済をなさざる今日、申請人の権利は著しく阻害され、その権利の実行を為すに著しき困難を生ずるものなること極めて明白である。更に申請人は被申請人の本件土地侵奪によつて年々旅客増加の一途をたどる国鉄白浜口駅前に適当なる駐車場を持つことができず、ために操車困難におちいり、申請人の自動車運送事業に著しき損害を蒙りつゝあるものである。

第三、被申請人等の答弁等

一、申請人主張事実に対する認否

申請人主張一、の事実はすべて否認する。

同二、の事実のうち被申請人平井勝太郎が昭和三四年一一月二日その主張のような仮処分決定を得て同日これを執行したこと、これに対し申請人が取消並びに異議の申立をし、同年一一月九日その主張のような取消決定を得て翌日これを執行したこと、その後昭和三五年四月一日その主張のような判決の言渡しがあり、右被申請人はこれに対し控訴し、同年四月二七日その主張のような強制執行停止決定を得たこと、及び右被申請人が本件建物の建築を完了して被申請人吉次、同平井雄二、同佐久川等に賃貸したことはいずれも認める。

その余の事実はすべて否認する。

二、本件土地の占有関係

被申請人平井勝太郎は昭和三三年六月一日申請外尾崎茂より本件土地を、権利金七〇万円、地代一ケ月金一万円、賃借期間五年、使用目的建物の建築の約定で賃借し、同日右権利金を支払うとともに右土地の引渡を受けた。本件土地は同日より右被申請人が占有しているものである。しかるに申請人は昭和三四年一〇月下旬頃本件土地上に設置した囲いを取除き、バスを駐車せしめ、右被申請人の占有を妨害したのでその妨害の禁止を求める趣旨で前記の如き仮処分の申請をした。しかしながら右仮処分決定には単なる不作為命令に止まらず、第一項に「被申請人(本件申請人)の占有を解いて執行吏に保管を命ずる。」旨の命令が入れられた。これは同裁判所が申請人のバスがしばしば本件土地上に駐車することからこの状態を共同占有とみて仮処分に於て、右申請人の占有だけを解いて執行吏保管としたものと解される。従つてその反面右被申請人の占有は右決定によつて何等変更なく、同決定執行後も依然として前記従前よりの占有を継続していたものである。従つてその後右仮処分決定に対する異議申立に伴なう一時的取消決定がなされたが、これも同様右被申請人の本件土地の占有に制限を加える結果になることはあり得ない。ゆえに右被申請人は、前記占有権に基いて本件建物を建築したものであつて何等違法でなく、従つて申請人の占有を侵奪したことにはならない。

三、抗弁

(一)  仮に当初より申請人に本件土地の占有があり、右被申請人にその占有がなかつたとしても被申請人は、前記仮処分によつて本件土地上に建物を建築することを許容されている。即ち前記仮処分第二、三項には、「申請人(本件被申請人)の申出によつて本件土地を使用せしめることができる。被申請人は申請人の建築工事を妨害してはならぬ。」旨の命令があり、右決定に基いて被申請人は本件土地上に建物の建築を開始したのであるが、右部分は前記の如く昭和三四年一一月九日異議事件の判決あるまで一時的に取消された。しかし昭和三五年四月一日右異議事件の判決言渡しがあつて右取消決定は当然に失効した。なおこの点につき右判決主文には前記取消決定を認可する旨の言渡しはなく、又認可決定があつたと解釈することもできない。従つてさきの仮処分第二、三項も同時に、再び効力を発生し被申請人に於て建築を続行し得る状態となつた。これに加え被申請人は前記判決に対し控訴し、右判決に基ずく前記仮処分決定の取消執行の停止決定をも得たから控訴審判決あるまで申請人は右判決に基ずく取消執行をなし得なくなり、その結果被申請人はその時期まで前記建築し得る状態を維持することができることになつた。

右のように被申請人は前記仮処分決定により本件建物を建築したものであり、右仮処分決定が被申請人の不正行為によつて法律上理由がないのに発せられたものでない以上、その結果申請人の占有が影響を受けても、被申請人が申請人の占有を奪つたことにならない。

(二)  仮に被申請人等に占有侵奪の行為があつたとしても、占有回収の訴は占有侵奪の時より一年内に提起しなければならず、右期間を経過すれば右訴はこれを提起し得ないところ、本件に於て被申請人が本件土地上に建築を開始した昭和三四年一〇月下旬頃よりすでに一年を経過するも申請人は右占有回収の訴を提起していない。従つて申請人が主張する本件仮処分の被保全権利である占有回収請求権は本案訴訟として訴求し得ないものとなつた。即ち申請人には保全さるべき権利はもはや存在しない。

第三、疏明方法

一、申請人は疏甲第一乃至七号証、同第八号証の一乃至五、同九乃至一二号証、同第一三、一四号証の各一及び二、同第一五乃至二四号証、同第二五号証の一乃至八、同第二六乃至三五号証を提出し、証人藤内常四郎、同楠本貞一、同深瀬万樹の各尋問を求め、疏乙第三号証の一乃至三及び同第四号証の成立は不知、その余の疏乙号証の成立はすべて認める、とのべた。

二、被申請人等は、疏乙第一及び二号証、同第三号証の一乃至三、同第四及び五号証、同第六号証の一乃至三、同第七乃至九号証を提出し、証人平井雄二の尋問を求め、疏甲第一、四及び七号証、同第八号証の一乃至五、同第九乃至一二号証、同一六乃至一九号証はいずれも成立不知、同第二及び五号証は尾崎喜蔵名下の印影の真正であることのみを認めその余は成立不知、同第二五号証の一乃至八は写真であることを認め撮影年月日及び撮影者は不知、その余の疏甲号証の成立はすべて認める、とのべた。

理由

第一、昭和三四年(ヨ)第五〇号建築工事妨害禁止仮処分前の本件土地の占有関係

証人楠本貞一の証言及び同証言により真正に成立したと認める疏甲第二乃至第七号証、証人藤内常四郎の証言及び同証言により真正に成立したと認める同第八号証の一乃至五、成立に争のない同第一三、第一四号証の各一、二、同第二八乃至第三二号証並びに証人深瀬万樹の証言を綜合すれば、本件土地二筆はもと申請外尾崎喜蔵の所有であつた田辺市堅田町一三八五番地ノ二宅地二八坪及び同市同町一三八七番地の一、田五畝二五歩をそれぞれ二筆宛に分筆して他の二筆を新な別地番に転写した残余の土地であるが、右分筆前の尾崎喜蔵の所有当時には、前者上には理髪店及び倉庫となつていた杉皮葺バラツク建家屋二戸が建つて居り、後者は地目こそ田となつていたが実際は久しく耕作することなく放置されて荒地となつていたものであつたところ、昭和三〇年三月九日申請人は右尾崎喜蔵から右分筆前の土地二筆を買受け、同年五月二六日前記バラツク建家屋二戸が収去せられるのを待つて代金を完済し、右土地の引渡を受けたが、その所有権移転登記手続はするに至らなかつたこと、その後右尾崎喜蔵は死亡し、その相続人尾崎茂は右二筆の土地の一部分宛を和歌山県に売渡したので、県は所有名義人に代位して右二筆の土地について地積の更正登記手続をした上で、いずれも二筆宛に分筆登記手続を為し、更に本件二筆の土地を除く他の二筆について県を取得者として所有権移転登記手続を終つたこと、申請人は前記土地の引渡を受けて以来、右土地を自己の営業用バス白浜口駅前駐車場として使用して来たものであつて、少くとも本件の二筆の土地に関する限り、右引渡を受けてから見出し記載の仮処分命令が執行せられ執行吏から占有を解かれる迄、後記のように被申請人平井勝太郎(以下単に被申請人平井と略称する)から一時的に占有を奪われたほか、その占有を維持して来たことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。

被申請人等は被申請人平井が昭和三三年六月一日尾崎茂から本件土地を賃借し、同日その引渡を受けたと主張するが、なるほど成立に争いのない疏乙第七第八号証及び右疏乙第八号証に徴して真正に成立したと認める疏乙第三号証の一乃至三によれば、被申請人平井は昭和三三年六月一日申請外尾崎茂との間に、同被申請人が同申請外人から本件土地を権利金七〇万円、賃借期間五年、賃料一ケ月金一万円、使用目的木造家屋の建築の約定で賃借する旨の契約を締結した事実が認められるが、更に進んで、同被申請人が尾崎茂から本件土地の占有の引渡を受けたことを疏明するに足る証拠はない。かえつて、右各証拠と成立に争のない疏乙第二号証、疏甲第二六号証並びに証人平井雄二同楠本貞一及び同深瀬万樹の各証言を綜合すると、右被申請人は右契約締結後昭和三四年一〇月頃まで約一ケ年余の間、本件土地を何等利用することなく放置していたが、昭和三四年一〇月頃になつて、右土地上に建物を建築しようとして、その境界線上に囲いを設置し右土地についての申請人の占有を排除したところ、直ちに申請人からこれを損壊して右土地の占有を回復せられるに至つたので、右建築の妨害を排除するために、昭和三四年一一月二日当庁に対して建築妨害禁止の仮処分を申請し、見出し記載の仮処分申請事件が繋属するに至つたことを認めることができる。

以上の認定によれば、申請人は前記土地の引渡を受けて以来、本件土地の占有を保持していたところ、被申請人平井が右土地上に建物を建築しようとして、その準備として右土地の境界線上に囲いを設けて一時申請人の占有を奪取したが、申請人は右囲いを破壊して被申請人平井からその占有を奪いかえし実力をもつて右建築を妨害し、被申請人平井の土地占有の継続を許さなかつたために、被申請人平井から前記仮処分の申請をするに至つたのであつて、見出し記載の仮処分命令の執行当時には同被申請人は本件土地の占有を失つていて、申請人がこれを保有していたのである。

第二、前記仮処分事件に関する各種裁判及び被申請人の占有侵奪の有無

一、当事者間に争ない事実と成立に争のない疏甲第二二乃至第二七号証及び同第三五号証を綜合すれば、

(1)  被申請人平井が昭和三四年一一月二日当裁判所にした仮処分申請に基く当裁判所昭和三四年(ヨ)第五〇号建築妨害禁止仮処分事件において、即日「本件土地につき被申請人(本件申請人)の占有を解き執行吏に保管を命ずる。執行吏は申請人(本件被申請人平井)の申出があつたときは右土地を使用することを許さねばならない。被申請人は申請人が右土地において建物の建築工事をし、且つ右土地を使用するにつきこれが妨害となる一切の行為をしてはならない」旨の決定があり、同日、本件被申請人平井は右仮処分の債権者として執行吏に右仮処分の執行を委任し、執行吏は債権者代理人の立会の下に現場に臨み、本件土地上に「本件土地二筆は仮処分債務者の占有を解いて執行吏がこれを保管する。仮処分債務者はその債権者が右土地において建物の建築工事を施行し、且つ右土地を使用するについて、これが妨害となる一切の行為をしてはならない。」旨及び右仮処分の違反行為は罰せられることがある旨の警告を記載した公示札を立て、且つ右仮処分調書を本件申請人に送達して右仮処分の執行をしたので、こゝに申請人の本件土地についての現実の占有が解かれて、執行吏が執行機関としてこれを占有し、右執行吏占有の状態のまゝで被申請人平井に対して右土地上に建築を為し且つこれを使用することを許したこと。

(2)  同月九日、申請人はいずれも被申請人平井を被申立人として右仮処分決定に対し特別事情による仮処分取消(当裁判所昭和三四年(モ)第一三〇号仮処分取消事件)及び仮処分異議(当裁判所昭和三四年(モ)第一三二号仮処分異議事件)を申立てると共に、右仮処分の執行について仮処分執行の一時的取消(当裁判所(モ)第一三三号仮処分執行の一時的取消事件)を申立て、即日、右一時的執行取消事件において、「前記仮処分決定主文第二項第三項の執行は前記仮処分取消及び同異議事件の判決あるまで取消す」旨の仮処分の一時的取消決定があつて、翌一〇日、申請人の委任に基いて執行吏は申請人の代理人立会の下に現場に臨んだところ、本件被申請人平井は本件土地上に建築を施行すべく、既にセメントによる基礎工事を施行中であつたが、右一時的取消決定の執行として本件土地上に右一時的取消決定通りの取消をする旨記載した公示札を立て、右仮処分執行取消調書を被申請人平井に送達したので、こゝにさきの仮処分決定による執行処分のうち同決定主文第二項第三項に基く部分が取消され、被申請人の土地使用は許されなくなり、以後何人の使用も許されない状態で執行吏が右土地の現実の占有を保持して来たこと。

(3)  その後記前仮処分取消事件及び同異議事件は併合審理され、昭和三五年四月一日右併合事件について「当裁判所が債権者債務者間の昭和三四年(ヨ)第五〇号建築工事妨害禁止仮処分申請事件につき同年一一月二日なした仮処分決定はこれを取消す。本件仮処分申請はこれを却下する。第一項に限り仮りに執行することができる」旨の判決言渡があつたこと。

(4)  その後同月九日被申請人平井は執行吏から本件土地上の建築及び右土地の使用を許す仮処分の執行を受けたことがないにかゝわらず右土地を保管する執行吏に無断で前記建築工事の続行を開始し、翌一〇日殆ど家としての輪郭を完成し、その後右家屋を完成してその余の被申請人等を入居させたこと。

(5)  その後被申請人平井は前記判決に対して大阪高等裁判所に控訴し、これと同時に右判決の仮執行宣言付裁判に基く執行の停止を申立て、昭和三五年四月二七日右裁判所において「右強制執行は本案判決を為すに至るまでこれを停止する」旨の決定があつたこと

を認めることができる。

二、以上の認定事実によれば、被申請人平井は、執行吏が仮処分の執行として自ら占有保管し、何人にもその使用を許していない本件の土地を、執行吏から同地上に建物建築することも土地を使用することも許されていないにもかゝわらず、執行吏に無断で、右土地上に建築工事を施行して家屋を完成し、これにその余の被申請人等を入居させて右土地を使用させているのである。仮処分による執行吏の不動産の保管は、その現実の占有を伴う場合には、仮処分債務者のみならず、第三者や債権者といえども、これを侵害してはならないものであるから、右被申請人等の行為は明らかに違法に執行吏の保管を侵奪したものと云うことができる。また申請人は前記仮処分の執行により本件土地の現実の占有を解かれ、右土地は執行吏の占有保管するところとなつたけれども、これによつて申請人が右土地についての従前の占有権を喪失したと解すべきものでなく、且つ右仮処分執行後といえども、執行吏の直接占有と比ぶれば間接的ではあるが、依然として執行吏の直接占有を介して、本件土地についての占有を保持していたのであるから、被申請人等が前記のように本件土地についての執行吏の占有を奪取侵害した行為は、とりも直さず申請人の本件土地の占有を奪取し、その占有権を侵害したものと云うことができる。

三、被申請人等は此の点について前記(2) の執行の一時的取消決定は仮処分異議事件の終局判決言渡と同時に失効し、同時に(1) の仮処分決定が復活し且つ同決定の執行による一時的取消決定執行前の仮処分執行関係が自動的に復活するから、被申請人平井は執行吏から本件土地上に建築工事を許され且つ右土地を使用することを許された地位を回復すると抗弁するが、

(イ)  執行吏の執行がないのに、(1) の仮処分決定の主文第二項第三項に基く執行処分が再現することは有り得ない。右第二項にいわゆる「被申請人平井の本件土地の使用」は、同第三項によつて明らかなように、右土地上の建物の建築及び右建築した建物への入居使用を含む広範囲な使用を意味するから、このような使用を可能にするためには、執行吏は被申請人平井に対して本件土地の現実の占有を移転しなければならない。然るに、右主文第二項、第三項に基く執行処分は、(3) の終局判決言渡当時には、(2) の執行処分の取消決定の執行により既に存在せず、執行吏が本件土地を現実に占有していたのであるから、執行吏が更めて被申請人平井に対して、右土地の使用を許す執行をしない限り、同被申請人が自動的に右土地を使用する権限を取得することはあり得ないことである。被申請人等は(4) で認定したように、執行吏が被申請人等に右土地の使用を許す旨の仮処分の執行をした事実がないのにかゝわらず、執行吏に無断で自己の実力を行使して執行吏の占有を奪取侵害したのであるから、被申請人等が執行吏に委任すれば土地の使用を許される仮処分債務名義を持つていたかどうかを研討するまでもなく、被申請人等の右行為は不法に本件土地についての執行吏の占有保管及び申請人の占有を奪取し、申請人の占有権を侵害する違法なものであること明瞭である。

(ロ)  そればかりでなく被申請人等は本件土地の使用許可について、その執行を委任することができなかつたものである。

強制執行異議事件又は仮処分異議事件において、一時的な強制執行停止又は執行処分取消の決定があつて後、終局判決で債権者(被告又は仮処分申請人)が敗訴した場合には、その判決中で右強制執行停止等の決定の認可の裁判及びその仮執行の宣言をするのが原則で、何等かの事情で右認可の裁判をしない等の異例な措置をするときは、特にその旨を判決中で明記するのが通常であるから、右債権者敗訴の終局判決中で一時的な強制執行停止又は執行処分取消の決定について認可変更取消等の裁判及びその仮執行宣言が全く欠けていて、しかも認可の裁判をしない特別な理由も判文上認め難いときは、それはこれら決定の認可の裁判及びその仮執行の宣言を脱漏しているものと認むべきで、右決定を取消して債権者勝訴の場合と全く同様に強制執行の再開続行又は執行処分を再現する執行を許す趣旨でないことは常識上明らかである。従つて右のように認可の裁判及びその仮執行宣言の脱漏のあることが明らかな場合に、認可の裁判がなければ取消の裁判があつたと同一の状態が発生するとし、債権者勝訴の場合と同様な強制執行を許すのは常識上明瞭な判決の趣旨に反し、債権者敗訴判決による債務者の利益を抹殺するものであつて、このように判決の明確な趣旨を否定せんが為めの法律解釈乃至理論構成は、とうてい採用することができない。要するに、前記のような債権者敗訴の判決のあつた場合には判決中に強制執行の一時停止等の決定の認可変更取消等の裁判及びその仮執行宣言が欠けていても、特に認可の裁判をしない旨明記しない限り、認可の裁判を脱漏したものと認むべきで、その場合には停止決定により停止された強制執行を再開続行したり、取消決定の執行により取消された執行処分を再現する執行をしたりすることは許されない。

前記(3) の終局判決は(1) の仮処分決定全部を取消してその仮執行を宣言し、被申請人平井の右事件における仮処分申請を却下しているから、右事件の債権者である被申請人平井を敗訴させる判決であることは極めて明瞭である。しかも、右判決中には(2) の執行処分の一時的取消決定についての認可、変更取消等の裁判及びその仮執行の宣言こそないが、その代りに(1) の仮処分決定を右取消決定の対象になつた主文第二項第三項も含めて全部取消してその仮執行宣言をしているのであるから、右判決主文自体から、右判決が(1) の仮処分決定の主文第一項を取消し、(2) の一時的取消決定を認可する趣旨であつて(1) の仮処分決定の主文第二項第三項の効力を復活維持する趣旨でないことは常識上容易に知ることができる。従つて右判決の趣旨に反して右主文第二項第三項に基く執行処分を再現する執行は許されない。右判決の言渡があつたから、右主文第二項第三項の効力が自動的に復活し、これに基く執行が可能になつた旨の被申請人等の抗弁は、敗訴当事者である被申請人平井が実力行為により判決の趣旨を踏みにじる行動をとり、勝訴した場合と同様な状態を実現して、右判決の実効を抹殺しようとする口実とするために案出された強弁であつて、初めから判決を軽視否定する意思に出たものであるから採用できない。

四、双方当事者等は高等裁判所の(5) の執行停止決定につい云々するけれども、執行停止決定は、債務者がその正本を執行機関に提出して、債権者が執行機関を通じてしようとする強制執行を阻止することができるだけで、債務者に新な積極的な執行力を附与するものではないから、(5) の停止決定は(1) の仮処分決定主文第一項に基く執行吏保管の執行処分の開放を阻止するに止り、これによつて被申請人平井が新に本件土地を使用する権能を取得する筈もないし、その上被申請人等の(4) の侵害行為は(5) の執行停止決定より前のことであり且つ弁論の全趣旨に徴すればその後においても申請人が執行吏に委任して仮執行宣言付終局判決の執行に着手した事実も、被申請人平井が右執行停止決定正本を執行吏に提出して右執行を阻止しようとした事実もないことが認められるから、右(5) の執行停止決定は、被申請人等が本件土地上に建物を建築してこれに入居した事実行為が、申請人の右土地に対する占有権の侵害に該当するか否かの本件の争点には、何等の関係もない。

五、申請人は本件土地に占有権があり且つ執行吏の直接占有を介して間接に占有していたところ、被申請人等が執行吏の本件土地に対する現実の占有を奪取侵害する行為により、申請人の右土地に対する占有を不法に奪取しその占有権を侵害したことになることは前認定の通りである。そして右土地の現実の占有は現在も被申請人等の手にあり、執行吏の手にないことは当事者間に争はない。そうすれば、申請人は被申請人等に対して右土地の占有を回収する占有訴権を有すること明らかである。即ち本件の仮りの地位保全のための仮処分申請にはその被保全権利があり、その点については右申請は適法である。

第三、本件申請と占有回収の訴の提起期間の関係

被申請人等は抗弁として、申請人は占有回収の訴の提起期間を徒過し、被申請人平井に対して本件土地の占有の返還を請求できなくなつているから、本件仮処分申請はその被保全権利がない点で失当であると主張する。しかしながら、申請人は本件仮処分申請において、昭和三五年四月九日被申請人平井が本件土地についての執行吏の占有を奪取し、これによつて申請人の右土地に対する間接の占有も奪取したことになり、その後その上に建物を建築してその余の被申請人等がこれに入居し、被申請人等において右不法占拠を継続しているから、右奪取行為により喪失した占有の回収を求めているのであつて、それ以前の被申請人平井の本件土地奪取行為に対して占有回収を求めているのではない。なるほど昭和三四年一一月二日執行吏が本件土地に対する申請人の占有を解きこれを自ら保管した時より以前においても、被申請人平井は申請人の右土地の占有を一時的に奪取したことがあつたことは当事者間に争のないところであるが、前認定の通り申請人は右奪取による占有の喪失の場合には、自力で占有を回収して、前記仮処分執行当時には右奪取の結果は既に消失していたし、仮りにそうでないとしても、被申請人が前記仮処分の申請をして(1) の仮処分決定を受け、これを執行吏に委任して執行したからには、自らの占有を放棄し申請人の占有を認めたことになるのであつて、右奪取の結果としての土地の不法占有が当時継続していたものでないことは明らかである。また前記の執行吏が申請人の本件土地についての占有を解いて自ら保管し、その使用を被申請人に許したことも、申請人の右土地に対する占有権及び間接占有を喪失させるものでないことも既に判断した通りである。そうすれば、申請人の被申請人等に対する本件土地についての占有回収の訴の提起期間の起算日は、被申請人平井が執行吏の右土地についての占有を奪取した昭和三五年四月九日であることは明白であつて、右起算日から暦に従つて計算すれば、本件仮処分申請の日は勿論、今日といえども右期間内にあつて、申請人は右占有訴権を喪失していない。被申請人等の右抗弁は理由がない。

第四、仮処分の必要性

一、既に認定したところから明らかなように、本件土地は、先の仮処分の執行として、執行吏がその債務者である本件申請人の占有を解きこれを現実に占有し、何人の使用も許さず保管中、右仮処分の債権者である被申請人平井が、違法に執行吏の占有を奪取して右土地上に建物を建築し、その余の被申請人等をこれに入居させ、今日に至るまで被申請人等においてその不法占拠を続けているものである。従つて先の仮処分による右土地の保管者として、執行吏がその権限により、新な債務名義による当事者の委任を受けなくても、申請人が本件仮処分申請において申請する各仮処分とその内容において同一の処分を当然に為すことができて、且つこれを為すことが執行吏の義務であるならば、申請人は右処分の実現のために執行吏に対して職権の発動を促せば足り、本件の仮処分申請はその必要がないことになる。

しかしながら、当裁判所の慣行としては、執行吏が仮処分の執行処分として、占有保管中の土地を奪取せられた場合であつても、その後右土地上に建物が建築されるに至つたときは、執行吏は新な債務名義に基くその旨の執行の委任を受けないで、執行吏としての権限によつて、右建物を収去し土地を回収することはできない取扱いになつている。従つて、本件土地は、執行吏がその占有を奪われた後にその上に建物が建築されてその中に人が居住しているのであるから、右執行吏の占有喪失と同時に右土地についての占有を奪取された申請人が、その占有権に基いて右土地の占有を自己又は執行吏に回収するには占有回収の訴又はこれを被保全利益とする仮処分をする必要がある。本件仮処分のこの点における必要性には疑がない。

二、仮の地位を定める仮処分においては、係争権利関係について当事者の有する権利の優劣は、主として被保全権利有無の判断資料として主張疏明されるものであるが、右疏明された権利の優劣は、当然そのまゝ仮処分の必要性判断の資料の一とすることができる。殊に被申請人の権利の皆無又は著しい薄弱の疏明は当該仮処分によつて被申請人の蒙るおそれある損害から被申請人を保護するに値しないことの疏明であつて、申請人が当該仮処分によつて避けようとする損害の大さ、右損害を受ける危険又は被申請人その他の違法行為強行の危険の急迫程度、他の手段による救済の困難又は損害の事後回復の困難等と共に仮処分の必要性判断の本来の資料である。右権利の優劣を既存の法律関係の結果であつて、将来の予防保全には無関係として排斥すべきではない。強固明確な権利には強い保護を施し、薄弱不明確な権利はこれを差控えるのは正義の常道である。

被申請人平井が本件土地に対する執行吏の占有を違法に奪取し、これによつて申請人の右土地についての占有権を侵害し、その後右土地上に建物を建築して執行吏の取還を不可能にし、これにその余の被申請人等を入居させて右土地の不法占有を今日まで継続していることは前認定の通りである。しかも、前認定の経過に徴すれば、被申請人平井は前記(3) の終局判決の意図したところを無にするために、右のように執行吏占有の違法な侵奪をしたものであつて、その後においても、右土地が名目上執行吏保管中にあるために、申請人がその侵害に対して法律上及び事実上の防禦策を施すことが困難なのを利用して、右違法占有を継続し、且つその除去を延引する意図の下に、被申請人自身の行為によつて先の仮処分の対象及び必要性は消滅したにかゝわらず、その申請の取下げを為さず、却つてその異議事件の終局判決に対して控訴してその確定を妨げ、既に審判すべき対象なきに至つた右異議事件を維持しているものであること明らかである。右の事情を考慮すれば、右被申請人は本件土地上に建物を所有してこれを占有し、右建物に居住してこれを使用する権利のないことは極めて明白であつて、右建物の収去、土地の明渡によつて同被申請人が如何程多大の損害を蒙るとしても、その損害から同被申請人を保護する必要は少しもない。

そして、その余の被申請人等は、以上のような経過で本件建物を建築した被申請人平井より申請人主張のように各その一部を賃借し居住していることは当事者間に争いないから特に各自の右建物についての入居を正当にする特別の事情の疏明のない本件に於ては、前記被申請人平井に関して述べたと同様、本件仮処分執行により生ずる損害から同人等を保護する必要を認めることはできない。

そこで申請人側における仮処分をする利益について判断するに、問題の土地が国有鉄道白浜口駅前に所在することは当事者間に争なく、右場所に所在する土地が多大な経済的利用価値を有することは公知の事実である。従つて申請人が右本地の利用を失うことは短期間といえども申請人にとつては多大な損失であつて、殊に当事者間に争ない申請人の営業に徴すれば、その損害は測り知れないものがある。たゞ先の仮処分によつて本件土地が執行吏保管に委ねられている点を考慮すれば、申請人の右損害は先の仮処分についての異議事件の裁判において申請人が勝訴し、右勝訴判決が確定した時から申請人が本件建物の収去土地の回収を実現するまでの間に生ずる損害であつて、本来ならば将来の損害に属し、緊急の保全手段である仮処分にはやゝ親しまない感がある。しかしながら、本件の場合には既に言及したように、先の仮処分は被申請人自らの行為によつて仮処分の目的及びその必要を喪失していて、その仮処分異議事件には実質を伴わない執行吏保管の当否以外にはもはや審判すべき案件はないのであるから、右仮処分異議事件が解決するのは目前であり、他面申請人が被申請人を被告とする前記建物収去土地明渡の本訴を提起しても、右訴訟に勝訴して右判決を執行できるに至るまでは尚かなりの月日を要することは明らかであるので、本件の場合では申請人の損害の発生のおそれは急迫していて、その損害は多大と言つても差支えない。従つて申請人は右急迫した多大の損害を避けるために前記建物の収去土地の明渡の仮処分をする必要がある。

よつて申請人の仮処分申請を全部認容し、前記(1) の仮処分決定の主文第一項に基く執行処分は現在も存続しているので、右執行処分との矛盾を避けるために主文第二項を附加し主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄 小湊亥之助 井上孝一)

目録

和歌山県西牟婁郡白浜町堅田一三八七番地の一、及び一三八五番地の二所在

一、木造スレート葺二階建店舗(四戸建) 一棟

床面積二六坪 外二階二六坪

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